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五文字(11)

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 <五文字 (11)
目次> 本コーナーの漢語

501大道貴無心     502施一當獲千     503吾常干此切
504苦口出親言     505龍生金鳳子     506臨崖看虎兕
507梨花一枝春     508憐児不覚醜     509六耳不同謀
510明鏡裏蔵身     511話頭也不識     512猛虎當路坐
513無底破漆桶     514明明百草頭     515夜叉説半偈
516也是草裏漢     517夜雨過瀟湘     518平地起波瀾
519面南見北斗     520蚊子咬鐡牛     521別是一壺天
522別是一家風     523本立而道生     524鉢盂裏走馬
525念念不停流     526非人得其便     527撲落非他物
528奴見婢慇懃     529同途不同轍     530父子相投和
531特地一場愁     532不直半文銭     533鈍鳥不離巣 
534東山水上行     535髑髏前見鬼     536独坐鎮寰宇
537大地無寸土     538大道透長安     539入水見長人
540大地黒漫漫     541泥裏洗土塊     542鐵鋸舞三臺
543鐵船水上浮     544庭前柏樹子     545石女夜生児
546茶烟永日香     547山雲海月情     548地肥茄子大
549賊過後張弓     550祖師西来意
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 五文字(11)



■501大道貴無心」(だいどうはむしんをたっとぶ)
古今をとはずに優れた道は、公私・自他・尊卑などの差別もなく、無心なものを最良とするのです。【禅月集・唐】
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■502施一當獲千」(いちをほどこし、まさにせんをうべし)
僅かなほどこしでも実行すれば、必ず沢山のお返しがあるものです。【蘇東坡集・宋】
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■503吾常干此切」(われつねにここにせつなり)
洞山禅師は、ただこの一呼吸、瞬間に全身全霊を賭けておられたのです。【従容録・宋】
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■504苦口出親言」(にがくちは、しんげんよりいづ)
聞く人に耳障りな苦言は、当人を思う親切心から出たものなのです。「良薬は口ににがし」と同義。【従容録・宋】
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■505龍生金鳳子」(りゅうきんぽうすをしょうず)
すぐれた師のもとから、すぐれた弟子の生まれること。【臨済録・宋】
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■506臨崖看虎兕」(がいにのぞんでこじをみる)
虎は子を千尋の谷に落とし這い上がってくる我が子をじっと看ている。部下が苦しんで壁を乗り越える事を見守り本当の力(能力)があるのを知ること。【碧巌録・宋】
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■507梨花一枝春」(りかいっしのはる)
「~帯雨」が後に続く。白い梨の花が一枝だけ、春の雨に煙っているようす。美人がひとり思い悩み悲しんでいる風情のたとえ。楊貴妃の美しさを称えた言葉。【白居易/長恨歌・唐】
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■508憐児不覚醜」(じをあわれんでしゅうをおぼえず)
大悲の心が差別を通り超える程に大きければ、美醜なぞ関係のない世界にいるのである。【碧巌録・宋】
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■509六耳不同謀」(ろくじはかりごとをおなじくせず)
六耳は3人分の耳の数であり、3人集まってハカリゴトをしても秘密が漏れて上手くいかないという意味です。転じて、ウワサは信じない方がいいということでもある。【伝灯録・唐】
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■510明鏡裏蔵身」(めいきょうりにみをぞうす)
本当に賢明な人は、何事においてもでしゃばらずひっそりと身を隠して生活している。【禅月集・唐】
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■511話頭也不識」(わとうもまたしらず)
まだ言わない話や、言葉に出して言った話もあり、過去に言った話もある。しかし現象の奥・本当のものは不識不見なのです。【碧巌録・宋】
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■512猛虎當路坐」(もうことうろにざす)虎が道の真中に坐っている様であり、乗り越えねばならぬ関門の意。【虚堂録・宋】
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■513無底破漆桶」(むていのはしっつう)
漆桶を破っても底なしに引っかかりのないこと。明りを灯してあげても、まるで理解できないことの例え。【東山外集・宋】
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■514明明百草頭」(めいめいたりひゃくそうとう)
野末のいろいろな雑草にも、明らかに仏性は現存しているのです。【龐居士語録・唐】
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■515夜叉説半偈」(やしゃはんげをとく)
四言四句の涅槃経文の題目であり、弘法大師翻訳とされる「いろは歌」の元でもある。「諸行無常 是生滅法 生滅滅巳 寂滅為楽」という16文字の短いものである。前半は、この世の全ては変化しており、これが世界を貫く生滅に関する法則という意味です。【涅槃経・】

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■516也是草裏漢」(またこれそうりのかん)
草むらの浮遊霊のようなもの~草の中へ這入って泥まみれになっている男。俳壇の事。【碧巌録・宋】
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■517夜雨過瀟湘」(やうしょうしょうをすぐ)
瀟湘の上に夜もの寂しく降る雨の風景。瀟湘とは、中国/湖南省を北流する瀟水と湘江。又は、二河の合流する洞庭湖に近傍の地域。【無明・~】
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■518平地起波瀾」(へいちにはらんをおこす)
本来無事のところに、波風・問題を起こすこと。【碧巌録・宋】
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■519面南見北斗」(みなみにむかってほくとをみる)
南に面して北斗をみる。 在っても見えない、見えなくても見える、見る方法が間違いなど、見方・解釈色々ですが真理は一つなのです。【雲門・宋】
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■520蚊子咬鐡牛」(ぶんすてつぎゅうをかむ)
鉄製の牛を蚊が刺すのは不可能である。しかしあきらめずに刺し続ければ刺すこと位は出来るかもしれない。何事もあきらめずに信じて続ければ明日へと繋がるのです。【碧巌録・宋】
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■521別是一壺天」(べつにこれいっこのてん)
壷中には夫々の別天地がある。その人なりの平安な楽しみの世界がある 。もし今いる壺に馬鹿げた争いがあれば、心機一転、別の壺に飛び込む事も出来ると勇気づけてくれます。【普灯録・宋】
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■522別是一家風」(べつにこれいっかふう)
今までの生き方とは別の生き方を見いだして、もう一段飛躍すること。新しい別の世界に飛び込む勇気を持ちなさいとの励ましである。【碧巌録・宋】
又、次のようにも解釈される=他では見ることの出来ない独特の家風、比類のない特別なあり方をいう。禅においては同じ師匠からの方の流れを受け継ぐ仲間を家族に例えて、
夫々の系統の修行法や公案の解釈に現れる特徴を「家風」と呼ぶ。【碧巌録・宋】
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■523本立而道生」(もとたってみちしょうず)
根本が定まれば進むべき道も見えてくるものです。 根本が確立すると、生き方(道)が自ずと分かる。【論語・】

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■524鉢盂裏走馬」(はつうりにうまをはしらす)
小さな鉢の中に大きな馬を走らすということは 在り得ないことです。転じて、不可能と思えることを可能にする自由自在の精神をもつこと。【漢書/続伝・漢魏六朝、普灯録・宋】

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■525念念不停流」(ねんねんふじょうる)
心の動きは、急流を流れる毬のように過去・現在・未来と刻々と変るものである。 捉えたと思うものは現在の影法師であり、現在は瞬間的に消え去るものだから永遠に捉えられないのです。次から次へと心が働く例えにも使われる。【碧巌録・宋】
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■526非人得其便」(ひにんそのたよりをえたり)
非人(鬼神)が恐ろしいというのも世俗の便宜ばかりを追い求めて、生死を超越した世界でないことによるのです。【碧巌録・宋】

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■527撲落非他物」(はくらくたぶつにあらず)
くずれ落ちた薪は自己そのもので他物ではないという悟りの境地を表す。周りの現象は全て自然の理(真理)であり自己の内面現象なのだ。「縱橫不是塵。心河並大地、全露法王身」と続く。 【五燈会元・宋】
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■528奴見婢慇懃」(ぬはひをみていんぎん)
召使い同士はお互いに親切だということ。下郎は下女に親切だ。逆もまた真なり。同病相憐れむと同義。【碧巌録・宋】
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■529同途不同轍」(とをおなじうしててつをおなじうせず)
おなじ道を歩むにしても、人がすでにやったとおりにはやらないこと。【碧巌録・宋】
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■530父子相投和」(ふしあいとうわす)
父と子の間柄だけでなく、生きている者同士が、お互い思いやりの心を持つ事が大切であるとのこと。 「共生共存」【碧巌録・宋】
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■531特地一場愁」(とくちいちじょうのうれい)
あとへも先きへもどうともならぬうれい悲しみの意。【碧巌録・宋】
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■532不直半文銭」(はんもんせんにあたらず)
半銭の値打ちもないつまらぬもの、くだらない記事ということ。自身の謙遜をこめて使う言葉にもなる。【碧巌録・宋】
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■533鈍鳥不離巣」(どんちょうすをはなれず)
すばやい鳥は巣を早く立って飛び回るが、遅鈍な鳥ほどいつまでも巣から離れない。前句に「霊鶴烟霄外」がつく。人間でも自分から率先努力する人は上達が早いことに例えられる。【伝灯録・唐】
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■534東山水上行」(とうざんすいじょうこう)
東の山が水の上を歩いている。分別常識を離れたところに実現される自由なはたらきである。『如何是諸佛出身處』に対する雲門の答え。山は不動で水は流動するというが、今は山が水に流れて行っている。動靜の二相を超斷したる世界を指す。【雲門広録・唐】
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■535髑髏前見鬼」(どくろぜんにきをみる)
心に迷いがあると即座に髑髏の前に鬼がいる風景を見ます。明るい爽やかな気持ちになれるよう努力しなければなりません。【碧巌録・宋】
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■536独坐鎮寰宇」(どくざかんうをちんす)
世界(宇宙)で一人しかいない「自分」という存在の尊さを指している。「寰宇」とは、世界や宇宙を表す言葉です。どっしりと座した秀吉が、武力の他に知力も使って天下統一したことに例えられる。【続伝灯録・北宋】
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■537大地無寸土」(だいちむすんど)
足を置いて立つにも場所が見当たらない。大地がなければ全てなくなるのであるが、心は厳然として存在している。大地と心を相対的に捉えるべきではありません。絶対無の境地の表れでもある。前句に「十方無虚空」(周りのどこにも身を置くための空間がない)がつく。【伝灯録・唐//普灯録・宋】
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■538大道透長安」(だいどうちょうあんにとおる)
長安は唐時代の帝都であり、全ての道は長安に通じていた。ここでいう長安とは心の都であり、大道を行けば悟りの都(長安)が開けるとのこと。「私達の求める道はどこにありますか?」との弟子の問いへの趙州禅師の回答に基ずく。【趙州録・唐】

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■539入水見長人」(みずにいって ちょうじんをみる)
何か通常より違った境遇・状況になってみて、その人が偉大な人かどうかわかるものです。平穏無事が一番ですが、緊急事態にも的確に対処できる人にならなければいけません。【虚堂録・宋】
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■540大地黒漫漫」(だいちこくまんまん)
どちらを向いても真っ黒な世界。絶体絶命の境地と同義であるが、そこに追い込まれ苦悶することが変転へ至る道となり修行になるのです。迷妄や執着心など全てを捨て去って、一念の分別も入り込まない静寂平等の境地である。【碧巌録・宋】
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■541泥裏洗土塊」(でいりにどかいをあらう)
泥の中で土の塊を洗っても泥だらけで無駄、足の裏をよく洗えとの戒め。俗なよごれのない澄み切った心情世界になりなさいとの戒めでもある。【碧巌録・宋】
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■542鐵鋸舞三臺」(てっこさんだいにまう)
仏壇などに飾られている三脚・鉄製の仏具のこと。舞をしているように見えるとのこと。【宏智広録/眼目・鎌倉】
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■543鐵船水上浮」(てっせんすいじょうに うかぶ)
浮かぶはずのない鉄の舟が水に浮く、ありえないことが起きる事。絶対に不可能だと思っている事も可能になる奇跡が生じる事の例え。妄想執着を捨て去れば、分別常識を超越した別世界が開けるものである。【龐居士語録・唐】
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■544庭前柏樹子」(ていぜんのはくじゅし)
菩提達磨の伝導の真髄に対する趙州禅師の答えである。無我の境地を柏樹に例えたものである。庭にある柏樹のように冬も夏も色を変える事なく、常緑の美しい樹でありたいとの意。真理には境界はないという仏教的意味合いをも指す。「子」は助詞で特別な意味はない。【趙州録・唐//無門関・宋】
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■545石女夜生児」(せきにょよるじをしょうず)
うまずめが夜中に子供を生むごとく、坐禅人の真実は知覚以前のものを生み出すのです。【普灯録・宋】
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■546茶烟永日香」(さえんえいじつこうばし)
茶を煮る烟が朝より夕までよき香気を立てています。長閑な春の日に次々と訪れる来客のために茶を沸かす煙が絶えることがない様。【方回・元】
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■547山雲海月情」(さんうんかいげつのじょう)
山の心情、雲の心情、海の心情、月の情心、一切の心と言うのが 山雲海月の情である。前に「話尽」がつき、親しきもの同士が胸中お互いの腹の底まで包み隠すことなく打ち解けあい語り合う意味である。【碧巌録・宋】
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■548地肥茄子大」(ちこえてなすだいなり)
肥えた農地のナスは大きくなるように、優れた師匠の下で修行した弟子は立派な人(禅僧)になる。また、充分な修行を積めば素晴しい悟りが得られることを教える際にも使われる。【普灯録・宋】
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■549賊過後張弓」(ぞくすぎてのちゆみをはる)
賊が去ったあとで弓の準備をすること。時機を逸して効果のないこと。けんか過ぎての棒ちぎりと同義。【碧巌録・宋】

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■550祖師西来意」(そしせいらいい)
禅の代表的な公案のひとつであり「達磨大師がインドから遠路中国へ来られた真意とは何か」との問い。禅を伝えるためであるが、この問いは<禅・仏・悟り>の真髄への問いかけでもある。【碧巌録・宋】
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