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五文字 (12)

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 <五文字 (12)
目次> 本コーナーの漢語

551松風供一啜     552切忌渾崙呑     553赤脚上刀山
554草鞋和露重     555禅房花木深     556風光日々新

557聖諦第一義     558弄花香満衣     559青山常運歩
560如衣錦夜行     561自屎不覚臭     562如稲麻竹葦
563山花開似錦     564山気日夕佳     565親言出親口
566瑞雲繞蓬莱     567雲收山岳青     568清風動脩竹
569山色夕陽時     570池成月自来     571白雲自去来
572花枝自短長     573陰陽不倒処     574一夜落花雨
575一粒万万倍     576一片好風光     577一物不将来
578一峰雲片片     579雲外一閑身     580一片月生海
581雲去青山露     582雨下地上湿     583雲収山骨露
584雨収山岳清     585雨中看杲日     586雨過四山低
587禹門三級浪     588雨驟鵲驚枝     589一剣安天下
590雲尽日月正      591一雨潤千山     592横身当宇宙
593雲出洞中明     594応作如是観     595雲無心出岫
596火裏酌清泉     597雲尽暮山出     598一撃忘所知
599一句定乾坤     600一剣倚天寒

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 五文字(12)



■551松風供一啜」(しょうふういっせつにきょうす)
松風にも温かいお茶を一杯さしあげて 共に喫する意。一味平等の意でもある。前に「萬壑~」がつき、万壑(谷)の松風と続く。【介石禪師語録・元】
Mm33






■552切忌渾崙呑」(せつにいむこんろんにのむことを)
渾崙(なつめ)を丸呑みにしては(味がわからないので)いけない。説法や人の意見も、ただ鵜呑みにするだけでは真の意味を体得できないこと。【虚堂録・宋】
Mm44







■553赤脚上刀山」(せっきゃくにしてとうざんにのぼる)
裸足で刀のような山を上らなければならない。地獄のような苦しみを体験しなければならないこと。赤脚=はだし。【無門関・宋】
Mm55







■554草鞋和露重」(そうあいつゆにわしておもし)
草鞋が重くて歩き 難いの意。転じて、清らかな心に様々な煩悩を抱くか抱かぬかで、世の歩みが軽くなったり重くなる。また清らかな心・正直な心は長年経過すると消滅することにもなる。「露湿草鞋重」(虚堂録)と同義。【槐安国語・唐//大燈国師・鎌倉】
Mm11








■555禅房花木深」(ぜんぼうかぼくふかし)
花の木に囲まれた深奥の僧坊がある。【常建・唐】
Mm22








■556風光日々新」(ふうこうひびあらた)
大自然の風景は、日々に新たな変化がある。人間の心も日々新たな風光を見出して、向上、悟りの道を切り開きましょう。【碧巌録・宋】
Mm33








■557聖諦第一義」(しょうたいだいいちぎ)
仏教の根本教義は何ですかとの問い。禅の公案集の一つ。梁の武帝の問いへの達磨大師の答えは「廓然無聖=カラリとした虚空のようなものだ」であった。 【碧巌録・宋】
Mm11








■558弄花香満衣」(はなをろうすればかおりころもにみつ)
花を摘んでいると、自分の衣もその香りに包まれ心まで花と一体となるようで、清々しい気持ちになるの意味。前句に「掬水月在手」(水を両手ですくえば手の中に月が入ってくる)がつく。 対立の観念を捨てて生まれる人の和の精神こそ尊いものであるとの、主客一体、自他不二、物我一如の境地である。【干良史詩/虚堂録・唐/宋】
Mm22








■559青山常運歩」(せいざんつねにうんぽす)
緑の山は常に歩みを進めている。山は不動と思い勝ちですが、継続的な変化を通して動いているのです。先入観を破って真理の追究をしようという意味が込められている。【普灯録・宋】
Mm33








■560如衣錦夜行」(にしきをきてよるゆくがごとし)
いくら立身出世しても故郷に帰ってこのさまを故旧に知らせなければ、夜中に錦衣を身に着けて歩くようなものだ。【前漢・漢魏六朝】
Mm44







■561自屎不覚臭」(じしくさきをおぼえず)
自分の糞便のにおいは気にならない。自分の醜悪は苦にならない。自分のことは希望的に美化しがちであるまずが、己を知り自己の欠点を反省しよう。【碧巌録・宋】
Mm11








■562如稲麻竹葦」(とうまちくいのごとし)
イネ、アサ、タケ、アシが生い茂っていることから、人や物が多く入り乱れていること。周囲を幾重にも取り囲んでいる様子。【法華経・】
Mm22








■563山花開似錦」(さんかひらいてにしきに にたり)
山々に咲く花は錦のように咲き乱れている。「澗水湛如藍」と続き、花は散るまま水は流れるままに永遠不滅であり、堅固法身の姿であると言う意味。【碧巌録・宋】
Mm33








■564山気日夕佳」(さんきにっせきにかなり)
山に湧く気は、日中でも夕方でも夫々に美しい。人生の晩年も美しくありたいとの願いを込めて、自然の景色も夕暮時が一番素晴しいという解釈もある。【陶淵明・漢魏六朝】
Mm44







■565親言出親口」(しんげんはしんくよりいず)
親切な言葉は、親切な真心のある人から自然に出るものです。 人の姿や言葉の端々にその人の境界が隠れなく表れるものだ。【碧巌録・宋】
Mm55









■566瑞雲繞蓬莱」(ずいうんほうらいをめぐる)
めでたい雲が蓬莱山を取り巻いている最上の目出度い光景。お正月にふさわしい至福の一句。蓬莱は仙人が住む伝説上の山名で、不老不死の霊山である。【史記・漢魏六朝】
Mm33








■567雲收山岳青」(くもおさまりてさんがくあおし)
雲が収まって青々とした山が見えてきた。自然の快い光景を詠ったもの。山を仏性、雲を煩悩になぞらえ、煩悩が消えて仏性が明らかになった悟りの境地を表す。【古尊宿語録・明】
Mm44







■568清風動脩竹」(せいふうしゅうちくをうごかす)
脩竹とは細長い竹のことであり、その竹がさわやかな風に吹かれて葉鳴りの音をたてている情景です。後句は「掬水月在手」であり、風流の極地です。【普灯録・宋】
Mm44








■569山色夕陽時」(さんしょくせきようのとき)
山の景色は、夕陽に映じたる時が最も美しく麗しい。前句に「泉聲中夜後」がつく。【虚堂録・宋】
Mm55








■570池成月自来」(いけなってつきみずからきたる)
静寂な池には月が自ずと美しく映っているものです。あれこれいらいらしないで、きちんと静かにしておれば自然と物事は移り変わってゆきます。刺激を求めていらいらしてもろくな事にはならないとの戒めです。【虚堂録・宋】
Mm66










■571白雲自去来」(はくうんおのずからきょらい)
前句に「青山元不動…」がつき、煩悩は雲の如く次々と湧き起こり去来するが、仏性や真実の自己は汚れることなく不動であるの意。白雲は尊い仏性を覆い隠す心の障害物(貪りや怒りなどの煩悩)を指す。【五燈会元・宋】
Mm77







■572花枝自短長」(かしおのずからたんちょう)
「春色無高下 花枝自短長」(春は高い山から地上の草花まで平等に覆い尽くしているが、恵みを受ける花や木の枝には自ずと長短が現れてくるものです)の語句による。平等の中にも見られる長短などの差異を表現している。【普灯録・宋】
Mm88








■573陰陽不倒処」(いんようふとうのところ)
あらゆる対立を離れた悟りの境地を表す。後句に「~一片好風光」と続き、全ての対立を超越した処には素晴しい世界が広がるの意。「陰陽」とは全ての対立する概念をさしている。【槐安国語・唐】
Mm89







■574一夜落花雨」(いちやらっかのあめ)
夜中に激しく降った雨のため花が散ってしまった。後句に「~満城流水香」と続き、散った花びらが川面に浮かんで町全体が淡い香りに包まれているの意。尊い教えに人々の心が春の花のような輝きにつつまれている様の例え。【普灯録・宋】
Mm90







■575一粒万万倍」(いちりゅうまんまんばい)
一粒の米たりとも無駄にしてはいけない、一粒から百千倍にもなるのだから。真理を求める思いがあれば、心を磨き続けることで、素晴しい実が結ばれることを教える言葉である。【景徳伝灯録・北宋】
Mm91







■576一片好風光」(いっぺんのこうふうこう)
素晴しく心地よい光景世界のこと。「一片」は、切れ目なく広々としている意。前句に「陰陽不倒処~」がつき、対立を超越すれば素晴しい世界が広がるの意である。【槐安国語・唐】
Mm92







■577一物不将来」(いちもつもしょうらいせず)
一切何も持って来ていない。様々な思いや判断が生じる以前のあるがままの姿をいう。禅における問い掛け「一物不将来の時、如何?」は、修行者の本来裸の姿を尋ねる時にしばしば用いられる。【趙州録・唐】
Mm93






■578一峰雲片片」(いっぽうくもへんぺん)
山の上を雲が無心に流れてゆく情景。後句に「双澗水洊洊」がつき、山雲と谷川の水が何の作意もなく悠々と無心に流れている様を描いている。【槐安国語・唐】
Mm94







■579雲外一閑身」(うんげのいちかんしん)
すぐれた悟りを得て俗塵を超越した、悠々自適の心境を表す。「三十余年故人無し、只雲外に留まりて閑身を伴う」に基ずく語句である。【雲外雲岫語録・元】
Mm95







■580一片月生海」(いっぺんのつきうみにしょうず)
明月が海の上に顔を見せた。後句に「~幾家人上楼」(どれだけ多くの人が明月を見るため高楼に上ったであろう)がつく。月は輝く悟りの象徴であり、素晴しい悟りを開けば多くの人が慕い集まってくるのである。【続古尊宿語録要・明】
Mm96







■581雲去青山露」(くもさりてせいざんあらわる)
雲すなわち煩悩妄想を断ち切れば、青山すなわち個々自らが持っている清浄なる本性・素晴しい悟りの世界が現れるのである。「雲収山岳青」「雲消山骨露」などと同義。【~・】
Mm97







■582雨下地上湿」(あめふりてちじょううるおう)
読んで字の如しであるが、前句に「天晴日頭出~」がつく(天気が良いと太陽が姿を表し、雨が降れば地上が濡れる)。自然現象の何のはからいもない様であり、無用な分別妄想が微塵も無い無執着の有様の例えである。【大慧語録・宋】
Mm98






■583雲収山骨露」(くもおさまりてさんこつあらわる)
天候が回復して雲が消えて視界が開けると、山嶺が悠然と聳えている様。雲は煩悩、山骨は真実の自己・仏性を指している。【永平広録・鎌倉時代】
Mm99







■584雨収山岳清」(あめおさまりてさんがくきよし)
雨が収まって山の緑が一層清々しくなること。雨は心の闇であり、闇が晴れて仏性が光り輝き新世界が展開することの例えである。前句に「日出乾坤輝(太陽が昇ってきて天地が見渡す限り輝く)」がつく。【禅林類聚・元】
Mm100






■585雨中看杲日」(うちゅうにこうじつをみる)
雨の中で明るく輝く太陽を見るとは、分別や執着を離れた自由自在なる働きを指している。太陽が明るく輝く様を<杲日>という。後句に「~火裏酌清泉(火中から清らかな水をくみ出す)」がつく。【聯頌集・元】
Mm101







■586雨過四山低」(あめすぎてしざんひくし)
雨が通り過ぎて四方の低い山々の姿が明らかになることであり、心の闇が晴れれば周り全てが鮮やかに輝きだすことを表す。前句に「雲収山骨露」がつく。【永平広録・鎌倉時代】
Mm102







■587禹門三級浪」(うもんさんきゅうのなみ)
夏王朝を開いた禹が黄河の氾濫を防ぐために、上流の竜門山を三段に切り落として水流を分けた。それにより出来た滝の凄まじいまでの水勢を指して「禹門三級浪」と呼ばれた。これを登りきった魚は竜になるとの言い伝えから、厳しい関門を指しての代用語句として使われる。【禅林僧宝伝・明】
Mm103







■588雨驟鵲驚枝」(あめにわかにしてかささぎえだにおどろく)
にわか雨が降り出して枝のカササギが驚いて飛び立つ。穏やかで落ち着いた情景に何らか突然の力が加わって新しい情景が生み出される様であり、自然あるがままの情景描写なのである。前句に「風狂蛍墜草(風が突然強く吹いて蛍が草の上に落ちた)~」がつく。【廬山外集・元】
Mm104







■589一剣安天下」(いっけんてんかをやすんず)
剣を一度振るだけで天下を平穏にできること。修行を完成させた者の、天地全てを自分の意志の下に置くという気概を表している。「一句定乾坤 一剣平天下」に基ずく語句である。【続古尊宿語要・明】
Mm105







■590雲尽日月正」(くもつきてにちげつただし)
雲が消え去って太陽と月とが明るく輝いている。修行の成果あって煩悩妄想が消え去り、悟りの心が輝きだすことを象徴している。後句に「~雲晴天地春(雪も解けて天地一杯の春が訪れる)」と続く。【黄龍四家語録・宋】
Mm106







■591一雨潤千山」(いちうせんざんをうるおす)
ひとしきり降った雨が、見渡す限りすべての山々を潤している様。衆生にあまねく降り注いで心を潤す仏法の働きを雨に例えている。その様を禅林では「法雨」と表現する。【五燈会元・宋】
Mm107







■592横身当宇宙」(みをよこたえてうちゅうにあたる)
身を投げ出して宇宙全体を司っているの意。一切の分別妄想を消去して天地一杯を支配する境地を得た自覚を表している。後句に「~誰是出頭人(誰がここに姿を現すことができる者がいるだろうか)」が続く。【五燈会元・宋】
Mm108







■593雲出洞中明」(くもいでてどうちゅうあきらかなり)
山頂の雲が晴れて山腹の洞穴の中がはっきり見えるようになった。心を覆っていた煩悩が消え去り仏性が明らかになる例えである。前句に「雪消山骨露」がつく。【永平広録・鎌倉時代】
Mm109







■594応作如是観」(まさにかくのごときのかんをなすべし)
あらゆる存在をあるがままに見ること。一般に「如是」とは「其の通り、このように」の意味だが、禅語録では「ありのまま、あるがまま」と解釈されている。【金剛経(金剛般若波羅蜜経)・】

Mm110






■595雲無心出岫」(くもむしんにしてしゅううぃいづ)
雲はとらわれもなく無心に山の洞穴から沸き起こっている。帰去来辞の一節「雲無心而出岫 鳥倦飛而知還」に基ずく。あらゆる束縛を離れた無執着の境地を表している。【陶淵明・漢魏六朝】

Mm111






■596火裏酌清泉」(かりにせいせんをくむ)
火の中から清泉の水を汲み上げることであり、常識的分別・判断を離れたところから生まれる自在の働きを表している。絶対的な無の境地が可能にする束縛の無い行いをさしている。前句に「雨中看杲日~」がつく。【聯頌集・元】
Mm112







■597雲尽暮山出」(くもつきてぼさんいづ)
雲が尽きて夕焼けに光る山腹が現れてくる。心を覆っていた煩悩が消え去って清らかな仏性が明らかになってくることの例えである。【三体詩・唐】
Mm113







■598一撃忘所知」(いちげきしょちをぼうず)
激しい衝撃を受けて、それまで保っていた分別・意識が消え去ってしまうこと。悟りが開ける時の全身に響き渡る強烈な衝撃でもある。庭掃除をしていた時の小石の衝撃音で悟りを得た香厳和尚や、足の骨折で叫んで悟った雲門禅師の例えなどがある。【景徳伝灯録・北宋】
Mm114







■599一句定乾坤」(いっくけんこんをさだむ)
一言で森羅万象のあり方を決定する。修行を完成させた者が天地全てを自分の意志に下に置くという気概を表す。後句に「~一剣平天下(一振りで天下を治める)」と続く。【続古尊宿語録要・明】
Mm115







■600一剣倚天寒」(いっけんてんによりてさむし)一振りの剣の輝きは、この上なく清涼でまぶしい。前句に「両頭倶截断~(対立する考えを断ち切る)」がつき、私達のとらわれの原因である苦楽・迷悟などが消え去ったあとの爽快な境地を一振りの剣の輝きに例えている。【槐安国語・唐】
Mm116








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