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四文字(13)

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<四文字 (13) 目次 >    本コーナーの漢語

601滞句者迷     602天鑑無私      603張三李四
604對面千里     605探竿影草      606點滴不施
607知而故犯     608打成一片      609體露金風
610打草蛇驚     611拖泥帯水      612瞻前顧後
613喪身失命     614雪上加霜      615舌頭落地
616赤心片片     617千錯萬錯      618切忌道著
619千古榜様     620千聖不傳      621潜行密用
622箭過新羅     623萬物靜觀      624寒松千丈
625心月孤圓     626別無工夫      627処々全真
628至道無難     629香巖撃竹      630転凡成聖
631騎牛求牛     632立処皆真     633盤山精肉
634一水四見     635多聞第一     636可離我見
637滴水滴凍     638空手還郷     639酔象調伏
640世法不破     641電光影裏     642奚仲造車
643和泥合水     644解空第一     645香薫焼自
646大活現成     647少欲知足     648涅槃寂静
649降魔成道     650怨憎会苦
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 四文字(13)



■601滞句者迷」(くにとどこおるものはまよう)
「そうは言っても…」などと思っているうちは前進はありません、一部でも肯定できれば行動を起こせば道は開けてきます。【無門関・宋】
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■602天鑑無私」(てんかんむし)
真理は特定の人のみエコヒイキするようなことはなく、公平無私であるということ。「無心のすぐれたはたらき」とも解釈されます。【虚堂録・宋】
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■603張三李四」(ちょうさんりし)
張氏の三男 と李氏の四男の意。張も李も中国ではありふれた名前であり、どこにでもいる平凡な人のこと。ありふれた平凡なつまらない人の例えにも使われる。「仏とはどういうものか?」の問いにも、答えとして使われる。【景徳伝灯録・北宋】
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■604對面千里」(たいめんせんり)
対面していても心が通じていないと千里離れているのと同じです。反対に心通じていれば遠く離れていても目の前に居るのと同じこと。【虚堂録・宋】
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■605探竿影草」(たんかんようそう)
探竿とは竿の先に羽根をつけ、水中を探って魚を浮草=影草の下に集めて捕る魚具である。つまり禅修業において一喝したとき、相手の様子をうかがい本物か偽物かをみる「喝」の一つです。【臨済録・宋】
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■606點滴不施」(てんてきもほどこさず)
修行にかんしては妥協はせず、甘いことは少しもしない。【碧巌録・宋】
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■607知而故犯」(しりてことさらにおかす)
知って、殊更に犯す~。仏性は尊いものと思わず、理想の押しつけでない破れかぶれでもない、その中道を歩むことが大切である。【和名類聚抄・平安時代】
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■608打成一片」(だじょういっぺん)
一切のことを忘れてある事柄に徹底すること。座禅に没頭すること。【無門関・宋】
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■609體露金風」(たいろきんぷう)
そのまま一杯に秋風が露われ出ているさま。真実が隠しなく現れる様子。金風とは秋の風のこと。 【碧巌録・宋】
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■610打草蛇驚」(くさをうてばじゃおどろく)
草を打てば蛇が驚いて出てくることに例え、一人をこらしめて関係する他者をいましめる事。何げない事が思いがけない結果をまねくこと。【虚堂録・宋】
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■611拖泥帯水」(たでいたいすい)
苦しみにまみれている人を救うために慈悲の心をもって、その人と共に生活をしながら救済すること。【碧巌録・宋】
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■612瞻前顧後」(まえをみしりえをかえりみる)
事に処する時よく前後を顧慮すること。又、あまりあちらこちらを顧慮しすぎて態度の定まらぬことをもいう。【碧巌録・宋】
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■613喪身失命」(そうしんしつみょう)
虎の口の前に身を横たえたならば、気を失うことでしょう 。そのような絶体絶命の境地をいつも持ち合わせている事。【無門関・宋】
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■614雪上加霜」(せつじょうにしもをくわう)
良くないことの上に、更によくないことがある状態。災難が重なること。「泣きっ面に蜂」と同じ意。【碧巌録・宋】
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■615舌頭落地」(ぜっとうちにおつ)
多弁にすぎると舌がぬけて地に落ちる。言葉では言い 尽くせない仏法の真理について、あれこれ説明するのは危険であるとの戒めである。【碧巌録・宋】
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■616赤心片片」(せきしんへんぺん)
何をやるにも真心誠意をもって全身全霊でぶつかる。赤心とはありのままの心=赤ちゃんのような純粋 無垢な心の事、片片は全ての意。【碧巌録・宋】
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■617千錯萬錯」(せんしゃくばんしゃく)
千萬の言を聞いてもわかるものではない。言葉は真実を伝える為にあるのではない、真実を覆い隠す為にあるのだ。【碧巌録・宋】
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■618切忌道著」(せつにいむどうじゃくすることを)
いまいましい黙りなさいの意。何か言えば角が立って波風が起こるだけだという意を含む。【碧巌録・宋】
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■619千古榜様」(せんこのぼうよう)
大昔からの手本(模範)になっている。「大功不賞」が前句につき、比べるものがない大きな功績に賞が与えられた例は昔からないの意。【碧巌録・宋】
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■620千聖不傳」(せんしょうふでん)
どんな聖人でも真実絶対の世界(悟り、真理など)を人に伝えることは出来ない。各自が自分自身で体験発明するしかないのです。【碧巌録・宋】
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■621潜行密用」(せんこうみつゆう)
目立たない日常の平凡な行為において、仏祖の教えを怠ることなく、法の通りに綿密に持続させ菩提の道を失わないようにすること。【碧巌録・宋】
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■622箭過新羅」(やしんらをすぐ)
あれこれ(突いたりたたいたりして)詮索していたら、後の祭りに成ってしまうこと。【碧巌録・宋】
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■623萬物靜觀」(ばんぶつせいかん)
自然界全てを静かに見渡せば、夫々が処を得て居座っています。【程明道/「秋日偶成」・宋】
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■624寒松千丈」 (かんしょうせんじょう)
節義をずっと堅く守り続けること。「寒松」は厳寒の松であり、「千丈」は時間や空間の長いことをいう。
  松は厳寒の中でも風雪に耐えて緑を保ち続けるので、節操を守り続けることの象徴となる。【旧唐書/穆寧伝論・宋】
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■625心月孤圓」(しんげつこえん)
心月とは真如の理を月に例えたものであり、孤圓は欠けることなく円なこと。真如の光が万物にあまねく行きわたることを示す。後句に<~光呑萬象>と続く。円相は禅の神髄である。【伝灯録・唐】
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■626別無工夫」(べつにくふうなし)
特別な工夫は無いとの意。ここでは日常的な行い(修行)をしていれば、特別な工夫はいらないとの意である。禅宗では修行に励み、よく考え研究する事が工夫である。【羅湖野録/建州開善謙禪師・宋】
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■627処々全真」(しょしょぜんしん)どこでも、いつでも、あらゆる処に真理があるのです。山河ことごとく真理の表象であり、真理のまん中で我々は生活しているのです。【碧巌録・宋】
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■628至道無難」(しどうぶなん)
仏の道(真理)に至るのは選り好みしなければ、決して難しくないのです。選り好み比較をするから迷いや苦しみが生じるのです。達磨禅の伝道語句にある。【信心銘・】
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■629香巖撃竹」(きょうげんげきちく)
修業時代の香巖和尚が竹にぶつかる小石の音で悟りが開けた逸話による。撃竹の音で何を悟ったのかはわかりませんが、物事には何かが縁で展開が開ける例えにこの言葉が使われます。尚、禅(東洋哲学)の世界では、物事を2分して考えない=善悪、白黒、美醜などの相対的な考え方をせずに、真理の根源は唯一つであるということです。香巖和尚が悟ったものもこのようなものと思われます。文字や知識に頼って真理を求めてはいけないといわれる。【五燈会要/景徳伝灯録・北宋】
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■630転凡成聖」(ぼんをてんじてしょうとなす)
煩悩を悟りに変える。言い換えれば、凡夫を仏に変えるという意。凡と聖は対立概念ではなく、心の中に同居しています。煩悩があるから悟りに変ってゆくのです。生きていれば色々な煩悩は生じるものだと考えれば苦しみも楽に変る期待が持てます。【五燈会元・宋】
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■631騎牛求牛」(うしにのってうしをもとむ)牛に騎っていながら、牛はどこだと探す愚かな人。悟り(真実)の中にありながら悟り(真実)を求めている人が多いのです。逆に、迷っていても自分が迷っていることに気付いていない愚かな人も多いのです。真実は自分の手元(中)にあることを知るべきです。【碧巌録・宋】
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■632立処皆真」(りっしょくみなしんなり)
いつどこでも自主的になっていれば、そこが真実の場になるとの意。何事も進んで取り組めばそれが生き甲斐になるのです。「随処作主 立処皆真」と対句で使われる。【臨済録・宋】
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■633盤山精肉」(ばんざんせいにく)
肉屋での客と店の主人の問答「いい肉をくれ」「みんないい肉だ~」からの盤山禅師の悟り。仏さまから見れば全てが善男善女ですが、ものの良し悪しを決めるのは人の心である。自己の価値観の押し付けをせずに、固定観念にこだわらず柔軟な考え方をしましょう。【盤山宝積禅師・唐】
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■634一水四見」(いっすいしけん)
全てのものは見る立場の心を離れては存在しないことを表す、仏教の一学説「唯識」の考えである。人間から見れば水は水であるが、魚にとっては命の宮殿であり、天人には花に見えたり、鬼には猛火にも見える。同じ物でも見る立場により、物事は様々異なって見えるのである。相手の立場で物事の見え方が異なることを知るべきである。【摂大乗論疏・漢魏六朝//正法眼蔵・鎌倉】
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■635多聞第一」(たもんだいいち)
お釈迦様の弟子の一人アーナンダーの別称(お釈迦様の話を一番よく聞いていた人)。人の話をよく聞いてあげることの大事さを知りましょう。【無量寿経・】
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■636可離我見」(がけんをはなるべし)
自分の考えから離れて、別な眼でみると物事の本当の実態が見えるものです。自己に執着しないことです。【正方眼蔵・鎌倉】
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■637滴水滴凍」(てきすいてきとう)
水が一滴、滴ると同時に凍ってゆくこと。悩み妄想は抱えて貯めることなく、生じたら即座に解決して消去するのがよい。【碧巌録・宋】
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■638空手還郷」(くうしゅげんきょう)
中国から帰った道元禅師は手ぶらであった。修業で得たもの、真に身についているものは飾ったり見せびらかすものではないのです。不要なものは一切捨てて何も持たずに故郷に帰ること。「身心脱落~」という悟りの境地を表明した語句である。【永平広録・鎌倉時代】
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■639酔象調伏」(すいぞうちょうふく)
釈尊の弟子ダイバによって酒を飲ませた象を釈尊めがけて暴走させたが、釈尊の慈悲心により象はおとなしく降伏した故事に基づく。ダイバの欠点は他人の注意に心を閉ざしていた事である。【釈尊関連説話・】
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■640世法不破」(せほうをやぶらず)
仏法の戒律を順守していても世間と遊離していては一人よがりの世界になる。人々の救済などの大事業には場合により戒律に縛られない自由な表現発想が必要である。【丹霞和尚説話・唐】
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■641電光影裏」(でんこうようり)
電光は稲妻のこと影は光のことであり、「電光影裏春風を斬る」と続く。稲妻は春風を斬るが、魂まで滅し尽くすことはできないとの意である。人生を悟った者は永久に滅びることがなく、束の間でも存在するという例えです。【僧祖元説話・宋】
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■642奚仲造車」(けいちゅうぞうしゃ)
昔の中国で車作りの奚仲が、車の両輪も車軸も取り外してしまったことに例えて、人間の本質を洞察するのである。車輪と軸を外してしまい動かなくなった車を自分と置き換えれば、空なる自分、生まれながらの自分に返る。世俗の肩書きなど全てを取り去ると何も残らないのではつまりません。種を蒔かなければ収穫はないのであるが、何もなくても生き生きしている自己形成を心掛けるようにしましょう。【無門関・宋】
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■643和泥合水」(わでいがっすい)
人を助けたいならば、自分が泥まみれにならなければならない。道元禅師の言葉であり、曹洞宗を庶民に大きく広めた瑩山禅師の生涯がそれである。【道元禅師説話・鎌倉】
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■644解空第一」(げくうだいいち)
「空」とは善悪、長短、きれい汚い、有害無害などの相対を超越した自由な境地である。般若心経に空の思想が説かれている。「空」の理解に秀でていた釈尊の弟子・須菩提の別称でもある。【釈尊関連説話・】
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■645香薫焼自」(こうはくゆりつつみずからやく)
華やかなものには身を焼き尽くす俗欲があるので注意すべしとの釈尊の教え。釈尊入滅のとき白檀の樹で火葬されたことにちなみ、仏前に抹香・線香を供える慣わしになっている。香り高いのはいいが、人間の欲は危険な我欲が殆どである。【釈尊関連説話・】
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■646大活現成」(だいかつげんじょう)
悟りを得ることは、一度死んで生き返ることである。そのためには全ての執着心を捨て去らなければならない。そこで初めて現世に復活できるのです。【趙州録・唐】
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■647少欲知足」(しょうよくちそく)
少欲とは物に執着せずに多くを求めないことであり、知足とは生かされ満たされている自己を知ることです。いずれも仏教徒の守るべき8項目にあります。少欲知足の逆が「多欲不知足」であり、このような人はどんなに豪華な生活をしていても満足できないのです。【遺教経=釈尊・】
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■648涅槃寂静」(ねはんじゃくじょう)
涅槃とは火の吹き消された様であり、煩悩の炎(貧むさぼり・瞋いかり・痴おろかさ)が消え静まった状態をさす。これら煩悩の炎が消滅した後に始めて来る境地が「寂静」なのである。人間関係に振り回されていると「寂静」の境地は訪れません。【法華経=釈尊・】
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■649降魔成道」(ごうまじょうどう)
釈尊が悟りを得た瞬間を降魔ともいう。降魔と天魔は同じ部類なのです。12月8日の釈尊悟りの日に行うのが成道会である。修業・努力する者には誘惑がつきまとうものですが、これらをうち払ってこそ悟りに近づくのです。【釈尊関連説話・】
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■650怨憎会苦」(おんぞうえく)
恨み憎む人との出会いが怨憎会苦であり、仏教における八苦の一に在る。凡夫には必ずあり、子供より断然大人の方が多い。これを解決するのは「こだわらないこと」と禅では説いている。憎いと思う人に出会うのは仕方ないとして、思い続けないことが肝要なのだが実行は困難であろう。【釈尊関連説話・】
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